研究紹介

誘電体プローブデータストレージ

強誘電体とは

私たちの身の回りにある電子機器は、多くの電子デバイスと呼ばれる多くの部品から成り立っていますが、その電子デバイスを構成する材料はさらに、電気の流れやすさに応じて、導体、半導体、誘電体(絶縁体)に分類されます。

誘電体に電界をかけると、誘電体を構成する原子、あるいは分子の内部で電荷の偏りが生じます。これを誘電分極といいます。電界をゼロに戻すと通常の誘電体の場合は電荷の偏りのない元の状態に戻りますが、一部の特殊な誘電体には電界がゼロの状態でも分極がゼロにはならないようなものがあります。このような特殊な誘電体は強誘電体と呼ばれます。図1に代表的な強誘電体のチタン酸バリウム(BaTiO3の原子構造を示します。結晶中のTi4+イオンは電界がゼロの状態でも中心の位置から少しずれていて、それによって結晶全体も電荷が少し偏った状態になっています。なお、このように電界がゼロの状態でも存在する電荷の偏りのことを自発分極といいます。

この自発分極は、外部から大きな電界を印加することで向きを変えることができます。図2は強誘電体のヒステリシス曲線と呼ばれる特性です。初め自発分極の向きが上を向いていたとして、これに逆向きの電界を印加していった場合、電界の強度を徐々に強くしていくと、あるところで自発分極が逆方向(下方向)に向くようになります。これを分極反転と言います。分極が反転した後に電界を再びゼロに戻しても自発分極は下方向を向いたままですが、今度は逆に上向きの電界を印加していくと再度分極が反転し、一番初めの分極が上向きの状態に戻ります。このように強誘電体の自発分極は、外部から電界を印加することによって、方向を自由に変えることができます。

図1:チタン酸バリウム(BaTiO3)の結晶構造

図2:強誘電体のヒステリシス曲線

誘電体プローブデータストレージ

コンピュータや携帯端末などで私たちが普段見ている大量の電子情報は、記録デバイスとよばれる装置に格納されています。その記録デバイスの代表的なものがハードディスクドライブですが、これには磁気記録と呼ばれる方式が用いられています。電子情報(ディジタル情報)は通常、ビットと呼ばれる‘1’または‘0’の組み合わせで表現されますが、磁気記録方式では、この‘1’と‘0’のビットを磁性体(磁石)のS極とN極に対応させて記録しています。(図3)

図3:磁気記録の原理

一方、私たちの研究室では、磁性体の代わりに先ほどの強誘電体を用いた次世代の記録技術である強誘電体プローブストレージを開発する研究を行っています。強誘電体の自発分極の向きは、外部から電界を印加することで自由にコントロールすることが出来るので、‘上向き’と‘下向き’を‘1’と‘0’のビットに対応させることで、磁気記録と同様にディジタル情報を記録することができます。(図4)

図4:強誘電体プローブデータストレージ

大量の情報をいかコンパクトに記録するかということは、いかに記録ビットを小さくできるかにかかっています。図5は強誘電体中の自発分極の向きが異なる領域の境界(これをドメイン壁と言います)をSNDM(「SNDMの原理」を参照)で観察したものです。強誘電体のドメイン壁は非常に薄く、わずか数ナノメートル程度でとも、あるいはそれ以下であるとも言われています。また、別の実験結果から、強誘電体のビット自体の大きさも最小で3ナノメートル程度まで小さくすることができることも確認されています。(図6)これらのことから、強誘電体プローブデータストレージを用いれば、現行の記録技術をはるかに超える記録密度で大量のデータを記録することが可能になると期待できます。

図5:強誘電体(PZT薄膜)のドメイン壁のSNDM像

図6:強誘電体(LiTaO3単結晶)に書きこまれた極小な分極反転ドット

本研究室では強誘電体プローブデータストレージの試作機を開発しました。(図7)本装置の書き込み/読み出し用ヘッド部分にはカンチレバーと呼ばれる、先端が非常に尖った針が用いられています。(図8)このカンチレバーを用いて強誘電体の記録層におけるごく狭い領域に電界を印加することで、非常に微小なビットを書きこむことができます。図9には、強誘電体記録層に書きこまれたビット列の例を示します。一つのビットのサイズはわずか13ナノメートルほどしかなく、1平方インチあたり4テラビットという非常に高い密度でディジタル情報を記録することに成功しています。現在はこの次世代の大容量記録技術の実用化を目指し研究開発を進めています。(図10)具体的には、記録密度と合わせて大容量記録デバイスにおいて重要となる書き込み・読み出し速度に関する改善に取り組んでいます。現時点では特に読み出し速度がMbpsオーダーに留まっており、実用化に対しての大きな課題となっています。(図11)そこで、より大きな再生信号が得られる新規な強誘電体媒体材料を開発し、S/N比を大幅に改善する技術に関して研究を進めています。

図7 強誘電体プローブデータストレージの試作機

図8 カンチレバーの先端

図9 強誘電体記録媒体に高密度に記録されたディジタル情報

図10 強誘電体プローブデータストレージ試作機で記録したビット列
(ビット間距離: 13.7 nm、面記録密度3.4 Tbit/inch2相当)

図11 PZT記録媒体に対する再生信号波形(ビットレート: 3.72 Mbps)

強誘電体とは

前節でも述べたとおり強誘電体プローブデータストレージの実用化のための大きな課題の一つは再生速度の向上です。そのためには、高速再生時においてもノイズに埋もれないような大きな再生信号が得られる記録媒体、つまり大きな非線形誘電率を有する記録媒体が必要となります。強誘電体に対して異種元素を添加して物性を制御するという手段はしばしば用いられる常套手段ですが、このアプローチが非線形誘電率の増大に対しても有効であることが分かってきました。そこで、現在は既存の強誘電体材料に異種元素を添加して、非線形誘電率の増大、ひいては再生速度の向上につながる記録媒体の開発を進めています。

一方、非線形誘電率を増大しようとすると、記録媒体として最も重要な要件の一つである記録の保持特性の劣化を引き起こしてしまうといったトレードオフがあります。そこで、このトレードオフを克服するための手段として、私たちは非線形誘電率の大きな材料を上層、保持特性の良好な材料を下層とする二層記録媒体を提案し、その開発に取り組もうとしています。