研究紹介

原子分解能計測

SNDMには様々なタイプがありますが、ここでは非接触型のSNDM(Noncontact SNDM ; NC-SNDM)について紹介します。当研究室では、特に極超高真空の環境で動作するNC-SNDMの開発を進めており、半導体清浄表面等の原子双極子モーメント観察などへの応用を行なっています。また、SNDMの拡張手法であり、自発分極の誘起する電位を定量的に測定可能な走査型非線形誘電率ポテンショメトリ(SNDP)についても紹介します。

非接触測定の原理

原理の項目でも述べたようにSNDMで物質表面の分極分布を測定するためには、探針を試料表面で走査する(なぞる)ことが必要です。しかし、探針と試料表面を接触させた状態で走査すると、探針と試料の間に強い力が働き、探針先端や試料表面を痛めてしまう可能性があります。これを防ぐためには、探針と試料の間に常に一定の距離を保つ必要があります。どうすれば距離を一定に保てるでしょうか?

距離を保つためには、非線形誘電率を用いた距離のフィードバック制御を行います。最低次の非線形誘電率ε3を分極分布の観察に用いることは既に述べましたが、距離の制御にはもう一つ次数の高いε4を利用します。ε4は距離に依存して変化するため、これが一定になるように探針または試料の高さを調整すれば、逆に距離を一定に保てるというわけです。

下図にNC-SNDMのブロック図を示します。通常のSNDMとの違いは、もう一台ロックインアンプを使ってε4を測定し、それを一定に保つフィードバックループが構成されていることです。フィードバック制御により距離は一定に保たれ、その操作量から試料表面の形状が得られます。また同時にε3が測定されていますから、非接触・非破壊で分極分布と形状を同時に観察できることになります。

お気づきの方もいると思いますが、上記に述べた非接触動作の原理は、フィードバック制御に用いる制御量が異なるだけで走査型トンネル顕微鏡(STM)や非接触原子間力顕微鏡(NC-AFM)など他のプローブ顕微鏡と共通です。特に原子スケールでの物質表面の研究には多面的な検討が必要ですが、当研究室のNC-SNDM装置は他のプローブ顕微鏡技術を複合させて観察を行える仕様となっており、様々な角度から物質表面を調べることができます。以下では代表的な研究成果をご紹介します。

半導体清浄表面の原子双極子モーメント観察

右図はSi(111)再構成表面にみられる(7×7)DAS構造の原子像です[Reprinted with permission from Fig. 2, Phys. Rev. Lett. 99, 186101(2007). Copyright 2007 American Institute of Physics]。ε4信号を用いて得られた形状像では(7×7)DAS構造表面のアドアトムが可視化されています。また、ε3信号からは双極子モーメント像の同時に得ることができ、図にみるように表面のアドアトムが上向き(基板から表面の向き)、コーナーホール付近が下向き(表面から基板の向き)のそれぞれ双極子モーメントを持つものとして可視化されています。これは、(7×7)構造のアドアトムが、プラスの電荷を持つシリコンの原子核、基板側に3本の共有結合、最表面側には1本のみダングリングボンドから成る上向きの双極子モーメントを持つためと考えています。

水素終端化された半導体清浄表面の観察

NC-SNDMを用いると吸着原子による双極子モーメントの変化を観察することも可能です。既に述べたSi(111)-(7×7)再構成表面に水素原子を吸着させた場合のNC-SNDM像を下図[Reprinted with permission from Fig. 3, Appl. Phys. Lett. 103, 101601(2013). Copyright 2013 American Institute of Physics]に示します。(a)に示す形状像では前項目のSi(111)-(7×7)構造と違いがないようにみえますが、(b)に示す双極子モーメント像をみるとε3信号が一部の原子の上でほぼゼロになっていることがわかります(例えば図中の「B」)。上述のようにシリコンアドアトムは上向きの双極子モーメントを持つと考えられます(例えば図中の「A」や「C」においてε3> 0)が、水素原子が吸着するとダングリングボンドが終端されます。結果として、最表面の電荷分布が対称に近くなり、双極子モーメントが減少すると考えています。本結果は、水素吸着によりシリコンアドアトムは化学的だけでなく電気的にも不活性化されることを示しています。

C60(フラーレン)分子の観察

次に示す図はSi(111)-(7×7)表面上に蒸着したフラーレン分子のNC-SNDM像です[S. Kobayashi and Y. Cho, Surface Science 606, 174(2012)より引用]。ここでは形状像と個々のフラーレン分子による双極子モーメントが同時に可視化されています。形状像では約1ナノメートルの突起が多数観察されます(ただし、探針の形状効果のため大きく観察されます)。また、フラーレン分子の多くは下向きの双極子モーメントを持つことがわかります。上述の通り、Si(111)-(7×7)表面のアドアトムは上向きの双極子モーメントを持 つと考えられますが、それ に対応して、アドアトムからフラーレン分子への電荷移動が生じるために、結果としてフラーレン分子は下向きの双極子モーメントを持つようになると考えています。一方で、全てのフラーレン分子が下向きの双極子モーメントを持つわけではないこともわかっています。このようなケースはフラーレン分子が S(111)-(7×7)表面の3回対称サイトとは異なる位置にあるときに生じます。このようにNC-SNDMでは界面の情報も知ることができます。

層状半導体の原子分解能観察

近年、遷移金属ダイカルコゲナイドなど層状物質が注目されています。特に、二硫化モリブデン(MoS2)は半導体としての性質を示すため、次世代の電子デバイス用材料として期待されています。SNDM像は、分極分布を反映する一方、電子デバイス計測のページに述べるように、半導体の多数キャリアの極性やその分布も反映します。右図は、通常、n型半導体とされる非ドープのMoS2(左列)とニオブをドープしてp型化させたMoS2(右列)の形状像(上段)とSNDM像(下段)を示します。まずSNDM像全体として、極性は非ドープのMoS2とニオブをドープしたMoS2で逆になっており、それぞれn型、p型のキャリアが分布することを示しています。また、同時により小さなスケールでは原子像が得られています。このようにNC-SNDMでは、層状半導体における原子スケールの表面構造や電荷分布、キャリア分布を同時に反映する像が得られます。

走査型非線形誘電率ポテンショメトリ(SNDP)の開発

既に述べたように、NC-SNDMでは、ε3信号から自発分極の向きを判別することができますが、さらにもうひと工夫加えると、自発分極に関する定量的な情報を得ることも可能になります。

SNDMの原理で述べたように、誘電体に電圧を印加すると分極が誘起されます(誘起分極と呼ばれます)。ここで、電圧の極性と大きさを調整して、自発分極を反対の極性を持つ誘起分極で実効的に打ち消すことを考えましょう。このとき、実は、印加した電圧は自発分極の誘起する電位に近似的に等しくなります。SNDMでは、ε3信号を頼りにして、自発分極が打ち消される印加電圧を測定可能です。すなわち、下図のようにε3をゼロにするフィードバック制御を行うことで、電位像が得ることができるのです [Reprinted with permission from Fig. 2, Rev. Sci. Instrum. 86(9), 093704(2015). Copyright 2015 American Institute of Physics]。この方法を我々は走査型非線形誘電率ポテンショメトリ(Scanning nonlinear dielectric potentiometry; SNDP)と名づけました。ε4を用いた探針試料表面間距離のフィードバック制御を同時に行うことで、非接触動作(NC-SNDP)による形状像の同時取得ももちろん可能です。

上記の説明で、SNDPとケルビンプローブフォース顕微鏡(KPFM)との類似に気づかれた方もいるでしょう。KPFMは、原子間力顕微鏡(AFM)を利用した電位測定手法で、導電性探針と試料表面の間に働く静電気力を打ち消すように印加電圧にフィードバック制御をかけます。SNDPとKPFMの違いは、KPFMは接触電位差や固定電荷、自発分極の誘起する電位など静電気力を発生させる物理量すべてに応答し、原理的にこれらの厳密な区別が難しいのに対して、SNDPは自発分極にのみ敏感である点です。このため、SNDPは特に材料やデバイスにおける自発分極の定量的評価に有効であることが期待されます。

NC-SNDPによるグラフェンの観察

我々はこれまでにNC-SNDPを将来の超高速電子デバイスへの応用が特に期待される2次元物質・グラフェンの原子分解能観察に適用してきました。右図はSiC(炭化ケイ素)単結晶基板上に生成された単層グラフェンのNC-SNDP像です[Reprinted with permission from Fig. 1, Phys. Rev. Lett. 114, 226103(2015). Copyright 2015 American Institute of Physics]。NC-SNDPにより形状像と電位像が同時に得られています。形状像ではグラフェン中の炭素原子のネットワークが構成する六員環構造およびSiC-グラフェン界面の構造に由来する超周期の準(6×6)周期構造が観察されます。同時取得された電位像ではおよそ0.3-0.4Vの電位が観察されました。グラフェンそのものはsp2構造に起因する対称性のある電荷分布を持ち、自発分極を持たないと考えられることから、我々はこの高い電位がSiC-グラフェン界面に存在する自発分極に由来するものと考えています。2次元材料であるグラフェンの電子的性質は基板界面の電荷状態から強く影響を受けることが知られていますが、NC-SNDPはその影響を調べる上で有用なツールとなることが期待されます。